2019 高橋政友

博士論文要旨

 

質量分析を基盤とした除草剤の代謝物探索のための方法論の開発

 

大阪大学大学院 工学研究科 生命先端工学専攻 生物資源工学領域 福崎研究室

高橋政友

 

第一章 緒論

 新規除草剤開発の目標は,イネやコムギのような有用植物は枯らさずに雑草のみを選択的に枯殺する化学物質をデザインすることである.これまでの除草剤開発は,生体内の酵素やタンパク質の三次元構造情報を用いてリード化合物を選定し,そのリード化合物をモデルに数多くの候補化合物を化学合成する.続いて,候補化合物を有用植物および雑草に処理し,見た目や重量といった表現型をもとに雑草のみを選択的に枯殺する薬剤を選抜する.このスキームによって選定される新規除草剤は,約2~3万種類の候補化合物の中で1化合物であると言われており,効率的かつ合理的な薬剤開発は未だ実施できていない.一方で,除草剤の選択性発現のメカニズムは異物代謝過程に強く依存しており,この異物代謝過程は植物種によって大きく異なることが知られている.生体内での除草剤の代謝物および推定される代謝経路を包括的に捉えることができるようになれば,有用植物,雑草それぞれの異物代謝能力や選択性発現のメカニズムの知見を得ることができ,除草剤の効率的なデザインにつながると考えられる.

除草剤の代謝経路および代謝物の特定は,古くから質量分析 (MS) を用いて行われてきた.具体的には,薬剤処理検体と非処理検体 (コントロール検体) MSスペクトルの差分解析に基づき外因性化学物質由来の代謝物を探索する手法が主流であった.しかしながら,この手法には次のような問題点が挙げられる.第一に,従来法では除草剤を処理することで生じる内生の代謝物変動による偽陽性ピークと除草剤の代謝物を区別することが困難である.第二の問題点として,仮に候補となる代謝物を検出できたとしてもその代謝物の化学組成や化学構造の推定は容易ではない.これまで,除草剤の代謝物の構造推定には,標準物質の利用,PubchemChemspiderのような化学物質データベースの利用,核磁気共鳴 (NMR) を用いた構造解析等が用いられてきた.最も一般的な除草剤の代謝物推定は,化学合成標準物質によるクロマトグラフィーの保持時間,MSスペクトルおよびMS/MSスペクトルの一致度を指標に実施してきた.しかし,多くの除草剤の代謝物の標準物質を入手することは困難であり,合成のためには多くの時間と労力を要する.また,データベース検索においては,登録されている代謝物情報に制限があることから,十分な情報を得ることができないのが現状である.したがって,除草剤の代謝物を網羅的に検出し,検出された代謝物の化学構造を推定するための手法が求められている.

そこで本研究では,除草剤の代謝物探索のための方法論の開発および実用性の評価を目的とした.まず,第二章では,新規の方法論を構築するための除草剤のモデルとして古くから使用されている2,4-dichlorophenoxyacetic acid (2,4-D) を使用した.さらに,2,4-D処理したシロイヌナズナT87培養細胞中で生成した2,4-D代謝物の構造推定を行い,得られた代謝物の種類と数を指標に,開発した方法論の新規性を検証した.第三章では,シロイヌナズナ植物個体を用いて,開発した方法論の実用性について評価した.

 

第二章 除草剤の代謝物探索のための方法論の開発

提案する除草剤の代謝物探索手法は,13Cおよび2H安定同位体標識体の利用,液体クロマトグラフィー四重極オービトラップ型高分解能質量分析 (LC/HRMS/MS),データマイニング技術,in silico代謝物予測,代謝物プロファイリングの工程からなる.はじめに,従来法である2,4-DをシロイヌナズナT87培養細胞に処理した試料と非処理試料を用いて2,4-D代謝物を探索したところ,645種の代謝物候補が得られた.次に,当該手法である安定同位体および非標識体2,4-DをシロイヌナズナT87培養細胞に処理し,得られたLC/HRMSデータを各種データマイニング技術によって解析した結果,83種の2,4-D代謝物候補の選定に成功した.これらの結果から,本手法は従来法と比較して偽陽性代謝物を大幅に低減できる可能性が示唆された.さらに,第I相代謝反応 (酸化,還元,加水分解など),第II相代謝反応 (糖や硫酸,グルタチオンなどとの抱合反応),および第III相代謝反応 (II相代謝反応で生じた抱合体のさらなる抱合反応) を網羅したin silico代謝物予測情報,各代謝物候補の経時プロファイル情報,および HRMS/MSスペクトル情報を統合して解析することで,これまでに報告のある10種の代謝物に加えて,16種の新規2,4-D代謝物の推定に成功した.以上の結果から,シロイヌナズナT87培養細胞生体内における2,4-Dの代謝物およびそれらの代謝経路に関する情報を包括的に把握することに成功した.

 

第三章 除草剤の代謝物探索手法の実用性評価

第二章では,培養細胞生体内に数万種類存在する内生の代謝物の中から標的とする2,4-D代謝物を選別することが可能であったものの,植物個体における適用性は不明であった.培養細胞と植物個体においては,それぞれの形態や栽培条件等の違いから代謝機能および内生の代謝物量が大きく異なる.そこで本章では,除草剤の代謝物探索研究に使用されているシロイヌナズナ植物個体を用いて,第二章で開発した代謝物探索手法の実用性について検証することを目的とした.

シロイヌナズナ植物個体における2,4-D代謝物の探索を実施したところ,合計で28種類の2,4-D代謝物 (17種が新規) が推定された.植物個体または培養細胞から観測された32種類の2,4-D代謝物のうち,14種類は,Phase IPhase IIPhase IIIに分類される異物代謝反応や内生の代謝物に対して起こる代謝反応が複合的かつ多段階で生じた代謝物であった (合計で25段階の代謝反応).植物個体および培養細胞で共通して観測された22種類の2,4-D代謝物に関して,処理葉での経時的2,4-D代謝物プロファイルはT87培養細胞での代謝物プロファイルと非常に類似していた.加えて,2,4-D処理葉および非処理部での経時的2,4-D代謝物プロファイルの結果から,2,4-Dの転流や,いくつかの2,4-D代謝物が細胞壁の構成成分として利用されていることを示唆する生理現象を捉えることができた.これらの結果から,開発した本手法はシロイヌナズナ植物個体でも適用することができると結論づけた.

 

第四章 総括

本研究では除草剤の代謝物探索のための方法論の開発および実用性の評価を実施した.除草剤のモデルとして古くから使用されている2,4-Dをシロイヌナズナ T87 培養細胞に処理した際に生じる2,4-D代謝物の探索を行ったところ,これまでに報告のある10種の代謝物に加えて,16種の新規2,4-D代謝物の推定に成功した.続いて除草剤の代謝物探索研究の現場で使用されているシロイヌナズナ植物個体を用いて,開発した代謝物探索手法の実用性について評価したところ,シロイヌナズナT87培養細胞で観測された異物代謝反応を植物個体においても捉えることができた.当該手法は,安定同位体標識薬物および非標識薬物に由来する代謝物ペアーの精密質量差分に基づいた代謝物探索手法であることから,安定同位体標識位置を除草剤の母核に施すことで,その他の除草剤でも植物生体内で起こる異物代謝反応によって生じる代謝物探索が可能であることが示唆される.

 

論文リスト 本学位論文に関与する論文

TakahashiM. Izumi, Y., Iwahashi, F., Nakayama, Y., Iwakoshi, M., Nakao, M., Yamato, S., FukusakiE., BambaT.: Highly accurate detection and identification methodology of xenobiotic metabolites using stable isotope labeling, data mining techniques, and time-dependent profiling based on LC/HRMS/MS. Anal. Chem., 90, 9068-9076 (2018).

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