2019 中野洋介

LC-MS/MSを用いたキラルアミノ酸およびその関連代謝物の高感度分析プラットフォームの構築


論文内容の要旨

第一章 緒論

アミノ酸は生体内で多種多様の機能を担い,生物にとって不可欠な基幹代謝物の一つである.立体構造を考えたとき,ほぼ全てのアミノ酸は鏡像異性体として存在し,それらはL-体またはD-体と呼ばれるが,自然界ではL-体が圧倒的に多く存在しているとされ,D-体については長い間着目されてこなかった.しかし,分析技術の発展に伴い,今まで測定が困難とされてきたD-体に関する研究が大きく進展し,L-体には無いD-体のユニークな生理学的機能に近年大きな注目が集まっている.L-体とD-体の物理学的性質はほぼ等しく,またD-体の存在量が絶対的に少ないため,キラルアミノ酸分析には「分離」と「検出」の両方に特殊な技術や工夫が要求される.これまで種々のキラルアミノ酸分析手法が報告されてきたが,分離と検出の両方の性能を十分に満足する手法は未だ報告されていない.このような背景から,本博士研究の目的は,MS/MSの最適化を通して高感度のD-アミノ酸分析法を確立すること,そして当該手法がより広範な化合物分析に適用可能な網羅性の高い手法であることを実証することである.

第二章 微量D-アミノ酸の定量分析に資する高感度分析法の開発

本章では,微量D-アミノ酸の高感度定量分析に資するLC-MS/MS分析法の開発を行った.まず,MS/MSMRMトランジションの最適化を行った後,インターフェースのプローブ位置・温度・ガス流量・電圧といった種々のパラメーターを詳細に検討し,ターゲットアミノ酸検出の高感度化を行った.次に構築した手法を測定範囲,直線性,併行精度,検出限界および定量下限を項目立て検証し,微量D-アミノ酸の定量分析の手法としての性能を評価した.その結果,LC-MS/MS法が高感度かつ広いダイナミックレンジでD-アミノ酸を定量でき,また再現良く分析可能であることから,当該手法が微量D-アミノ酸分析に資し得ることが示された.更に,実サンプル(食酢)中に含まれるD-アミノ酸の定量分析に応用し,構築した手法の実用性を評価した.

第三章 キラルアミンおよびその関連代謝物の網羅的分析系の構築

第二章で構築したキラルアミノ酸分析手法において,その分離の「鍵」となっているのは,アミノ酸のもつアミノ基と分離カラムの固定相に結合したバイナフチル骨格のクラウンエーテルとの強い相互作用である.従って,アミノ酸に限らず分子内にアミノ基を保有する化合物であれば,当該手法の分離原理を応用し,分析することが可能であると期待された.そこで本章では,タンパク質構成アミノ酸のほか,非タンパク質構成アミノ酸,核酸代謝物,生理活性アミンなど生体内で重要なはたらきを示すアミン類にまで測定対象を拡張した包括的なキラルメタボロームプラットフォームの確立を目的とした.前章と同様MSパラメーターの最適化を行い,ターゲット化合物の分離条件の検討を行ったところ,合計115種類のキラル・非キラル化合物の分析が可能になった.また構築した系の測定範囲,直線性,併行精度,検出限界および定量下限を調べ,良好な性能を示すことを確認した.更に,実サンプルへの応用として,熟成期間の異なるチーズを3種類用意し,その中に含まれる代謝物の分析を行った.結果として,D-アミノ酸や核酸関連代謝物をはじめとする極低濃度の代謝物の測定に成功し,それらのキラリティーを考慮した興味深い代謝物情報が得られた.

第四章 総括

D-アミノ酸研究の発展には,分析技術の高度化が不可欠であり,「如何に効率的に分離し,かつ高感度に検出するか」という技術的課題は常に提示される.本研究で開発したLC-MS/MS分析技術は,その課題解決に貢献し得る新たな手法として大きな役割を果たすと考えられる.本研究の主な成果は,微量にしか存在しないD-アミノ酸を高感度に分析でき,更に他の化合物も同時にピコmolオーダーで測定できる手法を構築したことである.当該手法は,報告されているD-アミノ酸分析手法の中でも,シンプルかつ高感度で分析可能な実用性の高い手法である.また,キラリティーの情報を含んだ多成分を網羅的に解析する手法は未だ報告されておらず,当該分析技術は「キラルメタボロミクス」という概念を提起させた上で,その解析に資する新たな手法として応用され得ることが期待できる.

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