2008 池田達彦

近赤外分光法による食品品質評価技術の開発
池田 達彦 (福崎研究室)

要約
 近赤外分光法は測定の簡便さや適用範囲の広さから実用性の高い分析技術として工業、農業の分野で広く活用されている。しかしながら、そのデータには多くのノイズが含まれるため測定方法やデータ解析に様々な工夫が必要となる。食品分析においては近赤外分光法による成分測定や、フィンガープリンティングなどに利用されているが、食品の二次機能の予測に用いられた報告は無い。また、食品の二次機能の評価は主に官能試験士によって行われているため、化学分析による客観的な評価は品種改良や販売戦略に大きく貢献できると考えられる。そこで、食品分析に適したFT-NIR分析およびデータ解析法を確立し、食品の二次機能を化学分析によって評価することを目的とした。
 本論文では以下の3項目について報告する。第一に、スイカ果汁のFT-NIR測定を行い、測定データからおいしさや糖度、香り、歯ごたえの予測モデルの作成に成功した。第二に、緑茶茶葉のFT-NIR測定を行い、グリセロールペーストによるノイズの軽減や、コンテストでのランキング順位予測モデルの作成などに成功した。第三に、緑茶順位予測モデルの精度を上げるために多次微分とスピアマン相関を用いた特徴抽出法を開発し、これをソフトウェアとして作成した。このソフトウェアを用いて緑茶FT-NIR測定データの特徴抽出を行い、波長を絞り込むことでノイズを軽減しより高精度な順位予測モデルを作成することに成功した。

要旨
第1章 緒論
近赤外分光法は赤外領域のうち2500 nm 以下の波長の可視に近い領域を用いた分光分析技術であり、この領域では様々な化学結合の伸縮の倍音が観測出来る。近赤外分光法による測定は短時間で測定でき、抽出、誘導体化等の必要がなく、液体、固体のどちらにも適用可能であるため工業・農業の分野で広く使用されている。しかしながら、食品の二次機能の予測に用いられた報告は無く、また、近赤外分光法は様々な化学結合の伸縮の倍音を観測しているためスペクトルから直接成分を予測することが困難であり、さまざまなノイズがのりやすくデータ解析も困難である。そのため、測定方法に工夫を凝らし、ノイズの軽減を図るとともに、様々なケモメトリクス手法が試されてきた。
一方で、食品の品質評価としては一般成分分析、毒性試験、機能性試験などが行われているほか、化学分析による産地や品種の特定なども行われている。しかしながら、二次機能の評価については官能試験士による評価がほとんどで、化学分析による客観的な評価は行われていない。化学分析を用いた客観的で迅速かつ簡便に行うことが可能な二次機能の評価方法の開発は品種改良や販売戦略に大きく貢献できると考えられる。そこで、測定時間が短く、様々なサンプルに対応できるFourier Transform Near-Infrared Reflectance Spectroscopy (FT-NIR) を用いた食品品質評価技術の開発を行うこととした。
第2章 FT-NIRを用いたスイカの品質予測 
食味試験によって評価が行われたスイカをサンプルとして、その果汁のFT-NIR測定を行った。実験材料としては萩原農場から提供された10品種のスイカを用いた。スイカ果実の中央部および胎座部(左右)より果汁約50mLを採取し、これを凍結乾燥機を用いて5倍に濃縮した。この濃縮した果汁を光路長 1 mm の石英セルを用いて透過光のFT-NIR測定を行った。中央部、胎座部(左)と胎座部(右)のそれぞれのデータを用いてPLSによるおいしさとの相関を調べてみたがいずれも十分な結果は得られなかった。そこで、スイカ全体のデータを反映させるために中央部のデータ、胎座部(左)と胎座部(右)のデータの平均、およびその差分を一つのデータとしてつなぎ合わせ、これを用いてPLSモデルの作成を試みた。その結果、FT-NIRデータからスイカのおいしさを予測することに成功した。また、同データを用いて糖度、香り、シャリ感等の評価についてもPLSによる予測モデルの作成に成功した。
これらの結果は食品のおいしさやそのいくつかの評価項目と近赤外スペクトルとの間に相関が見られたことを意味しており、FT-NIRデータを用いて食品の二次機能を表現することは十分に可能であることを示唆している。
第3章 FT-NIRを用いた緑茶の品質予測 
関西お茶コンテストでランク付けされた緑茶茶葉を粉砕し、粉末サンプルとしてFT-NIR測定を行い、その測定データの主成分分析を行ったところ、コンテスト順位とのいかなる相関も見出すことは出来なかった。これは粉末の粒子径が一定ではないために測定データのばらつきが大きくなりすぎたためであると考えられた。そこで、グリセロールを用いてサンプルをペースト状にすることで、サンプルを均一にし、散乱によるばらつきを抑えることを試み、これに成功した。このようにしてばらつきを軽減したデータを用いて主成分分析を行ったところ、Factor3においてランキングに従った分離が見られたため、順位予測モデルの作成が可能であると判断し、PLSによる順位予測モデルの作成を試みた。14, 34, 54位を除く10種類のサンプルデータを元にPLSモデルを作成し、除いた3種類の順位予測を行ったところ、本来の順位と近い順位が予測できた。以上の結果からFT-NIRデータによって緑茶の品質を表現し、予測することは十分に可能であることが示唆された。
第4章 緑茶品質予測のためのFT-NIRデータ解析技術の開発
第3章で作成した緑茶の順位予測モデルをさらに高精度なものにするために、新規特徴抽出法の開発を行った。FT-NIRのデータに含まれる様々なノイズや特徴は微分係数を用いて分解できると考え、多次微分とスピアマン相関を用いた特徴抽出法について検討を行ったところ、2次微分、3次微分、4次微分のデータにおいて相関係数の高いデータが得られた。また、今回のデータにおいては2次微分、3次微分、4次微分の間での特徴抽出の精度には大きな差は見られなかったが、いずれの場合も十分な精度で特徴抽出できていることが確認された。このようにして、多次微分とスピアマン相関を用いた特徴抽出法によって全波長域からの特徴抽出に成功したので、この手法およびPCAやPLSのアルゴリズムを用いてFT-NIRデータ解析ソフトウェアを開発した。さらに、実際に緑茶の測定データを用いてコンテストでの順位予測モデルを作成したところ十分に高精度な予測モデルを得ることに成功した。それぞれのモデルの直線性を示すR2値は2次微分においては0.984、3次微分においては0.981、4次微分においては0.994といずれも高い値を示し、このことからも今回の予測モデルはいずれも十分に高い精度であると考えられる。これらの結果から、本研究において開発されたソフトウェアは食品の品質予測の為のFT-NIRデータ解析に有用であると言える。
第5章 総括
近赤外分光法の食品の品質評価への適用をテーマとし、FT-NIR測定によるスイカおよび緑茶の品質評価に成功した。しかしながら予測モデルの作成は経験と試行錯誤による部分が多く、FT-NIRの食品の品質評価への適用にはデータ解析手法の確立が重要であると考えられた。そこで、多次微分とスピアマン相関を用いたFT-NIRのための新規特徴抽出システムの開発を行い、これを用いてデータ解析ソフトを作成した。作成したソフトを用いて緑茶の品質予測モデルの作成を試みたところ高精度で信頼のおける緑茶の品質予測モデルを作成することに成功した。このことから、食品の品質評価に適したFT-NIRデータ解析法の開発に成功したと考えられる。

論文リスト
Tatsuhiko Ikeda, Masako Osawa, Eiichiro Fukusaki. Quality Prediction of Citrullus lanatus by fourier transform near-infrared reflectance spectroscopy. Journal of Bioscience and Bioengineering. (準備中)
Tatsuhiko Ikeda, Shigehiko Kanaya, Tsutomu Yonetani, Akio Kobayashi and Eiichiro Fukusaki. Prediction of Japanese green tea ranking by fourier transform near-infrared reflectance spectroscopy. J Agric Food Chem. 2007, 55, 9908-12
Tatsuhiko Ikeda, Md. Altaf-Ul-Amin, Aziza Kawsar Parvin, Shigehiko Kanaya, Tsutomu Yonetani, Eiichiro Fukusaki. Predicting Rank of Japanese Green Teas by Derivative Profiles of Spectra Obtained from Fourier Transform Near-Infrared Reflectance Spectroscopy. Journal of Computer Aided Chemistry. 2008, 9, 37-46
Tatsuhiko Ikeda, Md. Altaf-Ul-Amin, Aziza Kawsar Parvin, Shigehiko Kanaya, Tsutomu Yonetani, Eiichiro Fukusaki. DrEFTIR: The Data Mining Software for Fourier Transform Near-Infrared Reflectance Spectroscopy Focused on Food Metabolic Finger Printing. Journal of Computer Aided Chemistry (投稿中)
その他の論文
Eiichiro Fukusaki, Tatsuhiko Ikeda, Takehiko Shiraishi, Takashi Nishikawa and Akio Kobayashi. Formate dehydrogenase gene of Arabidopsis thaliana is induced by formaldehydem and not by formic acid. Journal of Bioscience and Bioengineering. 2000, 90, 691-693
Eiichiro Fukusaki, Tatsuhiko Ikeda, Daisuke Suzumura and Akio Kobayashi. A facile transformation of Arabidopsis thaliana using ceramic supported propagation system. Journal of Bioscience and Bioengineering. 2003, 96, 503-505
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