2010 坂東清子

博士論文要旨

ガスクロマトグラフィ-質量分析計を用いた代謝物プロファイリングの医薬品毒性評価への応用に関する研究

大阪大学大学院 工学研究科 生命先端工学専攻 生物資源工学領域 福崎研究室
坂東清子

第1章 緒論
近年、医薬品開発の成功確度が低下しているが、前臨床研究段階における毒性発現あるいは臨床開発段階における副作用発現が開発中止の大きな理由となっている。その背景として、スクリーニング段階で充分に毒性が予測できていない、実験動物とヒトの種差により毒性試験からヒトの副作用リスクを充分に外挿できていないことが考えられる。そのために、毒性評価に新しい手法を取り入れ、既存の評価方法を改善していくことが求められており、その手法の一つとしてメタボロミクスが注目されはじめている。メタボロミクスは代謝物プロファイルの解析により病態生理学的な情報を直接的に得ることができること、代謝産物には種差が少ないこと、多種にわたる代謝物の情報を定量的に再現性よく得ることができることなどから、バイオマーカーや病態メカニズム解明の強力なツールとなりうるといわれている。
メタボロミクスの分析技術として用いられている手法としては核磁気共鳴分光分析計(NMR)、液体クロマトグラフィ-質量分析計(LC-MS)、ガスクロマトグラフィ-質量分析計(GC-MS)がある。なかでも、GC-MSはピークキャパシティーが高く、LCに比較して保持時間のずれが少ないこと、NMRに比較して高感度であり、定量性の高いイオン化法が採用されていること、マススペクトルライブラリーを用いた化合物同定が比較的容易であること、毒性作用のターゲットになる可能性が高い有機酸、アミノ酸、中性糖を同時に分析できることなど、GC-MSによる代謝物プロファイリングを毒性評価に応用する利点は非常に多いと考えられる。しかしながら、GC-MSを用いた代謝物プロファイリングを毒性評価へ応用した例は限られており、充分な研究が行われていない。従って、本研究はGC-MSを用いた代謝物プロファイリングの毒性評価への応用可能性について検討することを目的とした。最初に生体液サンプリングがGC-MS分析で得られる代謝物プロファイルに与える影響を検討した。続いて、肝毒性物質の毒作用と代謝物プロファイル変動との関係性を確認し、さらに毒性発現機序を明らかにするために生化学的代謝変動を詳細に解析した。

第2章 生体液サンプリング方法の代謝物プロファイルに対する影響に関する検討
毒性実験は毒性発現用量を動物に投与して、生体に惹起される反応を詳細に検討することから、動物実験が非常に重要である。動物実験において最も重要なことは、薬物投与により惹起される変動より、対照動物の個体差を可能な限り小さくすることである。しかしながら、生体液の代謝物プロファイルは様々な生物学的要因で変動してしまうことが報告されており、生体液のサンプリング方法も重要な変動要因である可能性が考えられる。GC-MSを用いた代謝物プロファイリングの毒性評価の応用性を検討するに先立って、生体液サンプリング方法の違いがどのように代謝物プロファイルに影響を与えるのかを把握することは重要である。そこで,尿及び血漿のサンプリング方法がGC-MS分析によって得られる代謝物プロファイルに与える影響について検討を行った。
本実験により、既に知られている様々な変動要因(種、系統、性、年齢/週齢など)と同様に、生体液のサンプリング方法がGC-MS分析によって得られる代謝物プロファイルの重要な変動要因であることが明らかとなった。尿サンプル採取に関しては、蓄尿時間は日内変動、薬効や毒性ターゲットを考慮して、適切な蓄尿時間を設定することが重要であり、個体間差を少なくするためには、蓄尿時間を短く設定しすぎないようにする、また蓄尿中には代謝ケージの採尿チューブは可能な限り冷凍条件下で維持管理することが望ましいとの知見が得られた。血漿サンプル採取に関しては、血漿の代謝物プロファイルは血液の採血部位によって変化する可能性がある、採血時の麻酔は動物のストレス軽減には有効であるが個体間差を減らすほど有効ではない、血漿調製には抗凝固剤にEDTAを用いた方がよいとの知見が得られた。

第3章 肝毒性物質の毒性評価への応用可能性に関する検討
第2章で得られた知見に基づいてデザインした動物実験計画の妥当性確認と肝毒性をモデルケースとしたGC-MS代謝物プロファイリングの毒性評価への応用可能性について検討を行った。本章では典型的な肝毒性惹起化合物であるヒドラジンを用いた。ヒドラジンは合成中間体やロケット燃料などに広く用いられている化合物であるが、高血圧治療薬のヒドララジンや抗結核薬のイソニアジドのような重要な医薬品の代謝物としても知られている化合物である。また、ヒドラジンは肝毒性以外にも発がん性、変異原性、催奇形性、神経毒性も報告されているものの、未だにその毒性発現メカニズムは完全には明らかとなっていない。
GC-MS測定によって得られたクロマトグラム上の全データを主成分分析に供して解析した結果、尿及び血漿サンプルデータともに、対照群はヒドラジン投与群と明確にグループ分離されたことから、動物実験デザインの妥当性が確認された。また、GC-MS分析によって得られたクロマトグラムデータはヒドラジンによって誘発される毒性を感度よく反映しており、用量相関的な毒性発現、毒性からの回復性も表現していた。さらに、多くの同定代謝物の変動を生化学代謝経路にマッピングして考察したところ、酸化ストレスがヒドラジン誘発肝毒性の病因に重要な役割を果たしていることを明らかにできた。他にも多くの生化学代謝経路の変動を見出すことができ、エネルギー代謝やアミノ酸代謝が肝機能や肝臓の病理変化と関連している可能性があることや、ヒドラジンの肝臓以外の組織障害の病因に関わる知見を得ることもできた。

第4章 総括
第2章において、尿及び血漿サンプルのサンプリング方法がGC-MS分析で得られる代謝物プロファイルに与える影響について検討を行い、動物実験をデザインする上で重要な知見を得た。第3章では肝毒性化合物であるヒドラジンを用いて、GC-MS代謝物プロファイリングの毒性評価への応用可能性について検討を行った。GC-MS分析によって得られたクロマトグラムデータは用量相関的な毒性発現、毒性からの回復性も表現しており、クロマトグラムデータを用いたノンターゲットのフィンガープリンティングを毒性スクリーニング、つまり毒性分類やランク付けに用いることが可能であると考えられた。また、多くの同定代謝物の変動を生化学代謝経路にマッピングして考察したところ、生体全体の代謝を概観するのに有用な情報を得ることができ、酸化ストレスがヒドラジン誘発肝毒性の病因に重要な役割を果たしていることを明らかにするなど、毒性機序解明のための知見をもたらした。
従って、GC-MSを用いた代謝物プロファイリングは毒性スクリーニング、毒性作用機序解明、安全性バイオマーカー探索などの場面で、毒性学の有用なツールになると結論づけることができた。今後、医薬品の研究早期段階での毒性予測精度向上、臨床開発段階や上市後におけるヒトの副作用発現リスク予測や管理に貢献することが期待できる。


論文リスト
本学位論文に関与する論文
1) Kiyoko Bando, Rui Kawahara Takeshi Kunimatsu Jun Sakai Juki Kimura Hitoshi Funabashi, Takaki Seki, Takeshi Bamba, Eiiciro Fukusaki, “Influences of biofluid sample collection and handling procedures on GC–MS based”, Journal of Bioscience and Bioengineering, Electronic version published

2) Kiyoko Bando, Takeshi Kunimatsu, Jun Sakai, Juki Kimura, Hitoshi Funabashi, Takaki Seki, Takeshi Bamba, Eiichiro Fukusaki, “GC-MS-based Metabolomics Reveals Mechanism of Action for Hydrazine Induced Hepatotoxicity in Rats “, Journal of Applied Toxicology, accepted

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