2020 IMURA, Makoto

クラブトリー効果における酵母代謝解析およびSaccharomyces cerevisiaeの連続培養における対糖菌体収率の向上

福崎研究室 井村誠

論文内容の要旨

第1章 緒論

クラブトリー効果とは酵母を培養する際にグルコースが一定濃度以上存在すると、酸素消費が抑制される現象である。この効果はSaccharomyces cerevisiaeにおいて顕著に観察され、エタノールを生成し、対糖菌体収率の低下を導く。しかしながらこれまでにクラブトリー効果が細胞内代謝物量の増減やNADHの酸化・還元に与えた影響については議論されていない。商業生産ではクラブトリー効果を回避するために、アルコール制御やRQ制御を用いた流加培養が採用されているが、これらの培養方法では比増殖速度を低くする必要があるため、グルコースの供給速度が制限され、日産量が低下する。本研究では、クラブトリー効果が酵母の代謝へ与えた影響をメタボロミクスによって調べ、選抜された代謝物を培地に添加することで、S. cerevisiaeの連続培養においてクラブトリー効果の低減に取り組んだ。

第2章 クラブトリー陽性および陰性の差異に基づく酵母代謝プロファイルの比較Saccharomyces cerevisiae NBRC101557とCandida utilis NBRC0988を用いて回分培養を実施した結果、S. cerevisiaeはクラブトリー効果を示すことから、C. utilisと比較してエタノールを生産し、対糖菌体収率が低下した。LC-MS/MSとGC-MSを用いたメタボローム解析による主成分分析の結果、PC1方向でS. cerevisiaeとC. utilisの違いに従って分離した。PC1の分離に貢献した代謝物のうち、解糖系やTCAサイクルではNADHの生成に関連している代謝物の細胞内代謝物量がS. cerevisiaeはC. utilisに比べて低下したことから、S. cerevisiaeではNADHの生成が阻害されていることが考えられた。また、グルコースの比消費速度に依存して、S. cerevisiaeはC. utilisに比べてNADHの比生産速度が高くなった。一方で、S. cerevisiaeでのみ、エタノールやグリセロールの生成に伴いNADHが再酸化されたため、NADHの比消費速度が確認できた。その結果、正味のNADHの比生産速度はS. cerevisiaeとC. utilisで大きな違いは見られなかった。従って、本章においてNADHの比生産速度はクラブトリー効果に依存せず酵母において厳密に制御されることが示唆され、NAD+/NADHの均衡が正常に保たれていることを定量的に示した。

第3章 S. cerevisiaeの連続培養におけるクラブトリー効果の低減

異なる希釈率でのS. cerevisiaeの連続培養を実施し、クラブトリー効果において異なる性質を示す菌体を用いたGC-MSによるメタボローム解析を実施した。主成分分析の結果、PC1方向で希釈率の違いに従って分離したため、PC1の分離に貢献した代謝物はクラブトリー効果の低減に期待ができると考えられ、これらの代謝物のうちオルニチンやトレハロースを培地に添加する候補とした。また、第2章でクラブトリー効果によりTCAサイクルのNADHの生成に関連する細胞内代謝物量が低くなることが示されたことから、同様にクラブトリー効果を示す希釈率で細胞内代謝物量が低くなったフマル酸やリンゴ酸を培地に添加する候補とした。こうして選抜した代謝物を培地に添加し、クラブトリー効果を示す希釈率で連続培養を実施し、エタノール濃度と菌体濃度を測定した。その結果、フマル酸やリンゴ酸を培地に添加したS. cerevisiaeの連続培養ではエタノール濃度を低減させ、対糖菌体収率を増加させることに成功した。

第4章 総括

第2章ではS. cerevisiaeはC. utilisと比べてグルコースの比消費速度に依存する過剰なNADHの生成により、NAD+/NADHの不均衡が生じたことから、NADHの生成が阻害され、関連する代謝物量も低下した。一方で、S. cerevisiaeはエタノールやグリセロールを生産し、過剰分のNADHを再酸化することによって、不均衡を解消していることを定量的に示した。第3章では異なる希釈率での連続培養におけるS. cerevisiaeのメタボローム解析を初めて実施した。この結果と第2章で得られた知見を反映し、選抜した代謝物のうち、フマル酸やリンゴ酸を培地に加えることによって連続培養でのクラブトリー効果の低減に成功した。これまで商業生産で用いられてきたアルコール制御やRQ制御による流加培養に対し、本研究での培養方法は比増殖速度を維持したまま、クラブトリー効果を低減したものである。このように、従来の培養工学にメタボロミクスを組み合わせることで、新たな知見による培養方法の開発が期待される。