2014 山本慎也

博士論文要旨

 

メタボローム解析技術に基づく成分プロファイリングによる
しょうゆ中親水性低分子化合物と呈味との相関性解析

 

大阪大学大学院 工学研究科 生命先端工学専攻 生物工学コース 生物資源工学領域 福崎研究室

山本 慎也

 

1章 緒論

しょうゆは大豆を主とする醗酵調味料であり,世界で消費されている.しょうゆは原料,製造工程などの違いによって多くの種類があり,それぞれ呈味性が異なる.醸造プロセスの結果生み出される成分としてアミノ酸,糖,有機酸,ペプチドなど実に多種多様な成分があるが,これら成分の種類や量が複雑に関与することでしょうゆの呈味が生まれ,製品間の呈味強度や質の違いに関わると考えられている.これまでに,しょうゆの各呈味について主要成分が特定されている.例えば,旨味はたんぱく質の酵素分解によって生じるL-グルタミン酸,甘味はでん粉の酵素分解によって生じるグルコースがそれぞれ主要成分であると考えられている.しかし,これらの指標は呈味の評価として完全ではない.呈味と成分の関係を明らかにするためには様々な成分を用いる必要があると考えられるが,しょうゆ中の成分数は膨大で解析が困難である.

一方,近年,メタボローム解析に基づいた成分プロファイリングが食品研究へ応用されている.成分プロファイリングによって,多くの成分について品質との相関を一度に解析することができる.しかし,これまでに詳細な成分プロファイリングはしょうゆに適用されておらず,呈味と成分との相関は明らかにされていない.

そこで,本研究ではしょうゆの呈味の差と相関の高い成分を特定することを目的として,メタボローム解析に基づく成分プロファイリングの技術をしょうゆに適用した.第2章ではガスクロマトグラフィー/質量分析(GC/MS)を用いてこれまでにしょうゆの呈味の主要成分として報告されているアミノ酸,糖等の成分データを取得した.そして,官能評価の一種である定量的記述分析(QDA)法により取得した基本五味の定量データとの相関性を,多変量解析の一つであるprojection to latent structurePLS)回帰によって解析した.第3章ではしょうゆの呈味との関係が不明なジペプチドについて,しょうゆの呈味の差と相関の高い成分を特定した.そのために,液体クロマトグラフィー/タンデム質量分析(LC/MS/MS)を用いたジペプチドの一斉分析法を構築し,成分データを取得して呈味との相関性を解析した.

 

2章 GC/MS に基づくしょうゆの成分データと呈味との相関性解析

GC/MSを用いてこれまでに食品の呈味との関係が多く報告されている糖,アミノ酸等の成分データを取得し,しょうゆの呈味の差に相関の高い成分を特定することで,しょうゆの呈味解析における成分プロファイリングの有用性を検証した.

サンプルには国内外の24種類のしょうゆを用いた.まず,QDA法によるしょうゆの基本五味の定量データを13名の熟練パネルにより得た.糖,アミノ酸等の親水性低分子化合物の成分プロファイルは,しょうゆの抽出物を誘導体化後にGC/MSにより得た.検出したピークの化合物同定は,保持時間とマススペクトルを化合物ライブラリと比較することによって行った.そして,呈味と成分の相関性の解析にはPLS回帰を使用した.PLS回帰では,各しょうゆについて成分データを説明変数,基本五味の定量データを応答変数とすることで,基本五味の予測モデルを構築した.そして,各説明変数のモデルへの貢献度を示すvariable importance in the projectionVIP)値を用いて,しょうゆの呈味の差と相関の高い成分を特定した.

QDAの結果,味10種類,香り27種類,風味15種類,食感4種類の合計56種類の特性表現用語が選定された.基本五味である,旨味,甘味,塩味,酸味,苦味の定量データをPLS回帰の応答変数として用いた.一方,GC/MSにより189種類のピークを検出し,化合物同定の結果,83種類の成分を同定した.同定した成分のうち糖類が34種類,アミノ酸類が23種類,有機酸類が15種類,その他が11種類であった.これら同定した化合物83種類と,分類可能な未同定化合物106種類の合計189種類の成分プロファイルをPLS回帰の説明変数として用いた.PLS回帰により基本五味の予測モデルを構築したところ,全ての呈味の予測モデルにおいてR2値は0.8以上,Q2値は0.6以上であり,精度の高いモデルが構築できた.さらに,VIP値に基づいてしょうゆの呈味の差と相関の高い成分を特定したところ,しょうゆの甘味に最も高い正の相関を示した成分はグルコース,旨味に最も高い正の相関を示した成分はグルタミン酸であった.これらの成分は,しょうゆの呈味に重要と考えられる成分であった.これより,成分プロファイリングがしょうゆの呈味解析において有用であることが提示された.また,糖類がしょうゆの全ての呈味において高いVIP値を示したことより,しょうゆの呈味の差における糖類の重要性が示唆された.これらの結果より,GC/MSに基づいて得られるアミノ酸,糖等についてしょうゆの呈味の差と相関の高い成分を特定し,しょうゆの呈味解析における成分プロファイリングの有用性を示した.

 

3章 LC/MS/MSに基づくしょうゆのジペプチドデータと呈味との相関性解析

しょうゆでは糖やアミノ酸だけでなく幾つかのジペプチドについても呈味への関与が報告されているが,しょうゆに含まれる多くのジペプチドについては呈味との関係は不明である.そこで,本章では,しょうゆサンプル間の呈味の差と相関の高いジペプチドを特定することを目的とした.

まず,ジペプチドの標準品352種類とスペクトルデータベースであるMETLINの情報を用いてLC/MS/MSによるジペプチドの一斉分析法を構築した.ジペプチドの同定はLCにおける保持時間,multiple reaction monitoringによって得られるプリカーサーイオンとプロダクトイオンの情報を化合物ライブラリと比較することで行った.構築した分析法をしょうゆに適用した結果,237種類のジペプチドを検出することができた.このように取得したジペプチドデータとGC/MSによって得られたその他の親水性低分子化合物データを説明変数,基本五味の定量データを応答変数としてOPLS回帰分析により予測モデルを構築したところ,構築した基本五味の予測モデルの精度は全て良好であった.さらに,個々のジペプチドのVIP値を元にしょうゆの呈味の違いと相関の高いジペプチドを特定した.特に,グルタミン酸よりもしょうゆの旨味の差に相関の高いジペプチドとして,旨味と負に相関するArg-Pro, Asp-Asp, Arg-Aspを特定した.また,糖類よりもしょうゆの甘味に相関の高いジペプチドを特定した.特にIle-Gln, Pro-Lys, Ile-Glu, Thr-Phe, Leu-Glnが甘味に正に相関したジペプチドとして特定できた.その他の呈味についてもVIP値の高いジペプチドが多く存在したことから,様々なジペプチドが呈味に関与する可能性が示唆された.このように,しょうゆサンプル間の呈味の差と相関の高いジペプチドを特定した.

 

4章 総括

2章ではGC/MSに基づく糖,アミノ酸等の成分データと基本五味の定量データを組み合わせた成分プロファイリングの技術をしょうゆに適用した.各味の予測モデルにおいて高いVIP値を示した化合物はしょうゆの呈味において重要と考えられるものであったことより,しょうゆの呈味解析における本手法の有用性を示すことができた.第3章ではLC/MS/MSによるジペプチドの一斉分析法を構築し,しょうゆに適用したところ,これまでのしょうゆに関する報告の中で最も多い237種類のジペプチドの検出が可能だった.そしてVIP値を用いた解析によって,しょうゆの呈味の主要成分であるグルタミン酸や糖類よりも呈味と相関の高いジペプチドが特定できた.本研究で得られたしょうゆにおける成分と呈味との詳細な相関情報は,今後のしょうゆの品質評価や品質改良などに有益な情報になると考えられる.

将来的にはしょうゆ中に含まれている成分全てについて同定と定量を行い,それら成分のバランスと呈味との関係を明らかにしたい.そして,時代や地域によって異なる消費者の嗜好に合わせたしょうゆの商品開発につなげ,消費者の食の質を高めるとともに日本の食文化を世界に普及し続けたいと考えている.

 

論文リスト 本学位論文に関与する論文

1) Yamamoto, S., Bamba, T., Sano, A., Kodama, Y., Imamura, M., Obata, A. and Fukusaki, E.: Metabolite Profiling of Soy Sauce Using Gas Chromatography with Time-of-Flight Mass Spectrometry and Analysis of Correlation with Quantitative Descriptive Analysis,J. Biosci. Bioeng.114, 170–175 (2012)

 

2) Yamamoto, S., Shiga, K., Kodama, Y., Imamura, M., Uchida, R., Obata, A., Bamba, T., and Fukusaki, E.: Analysis of the Correlation between Dipeptides and Taste Differences among Soy Sauces by using Metabolomics-based Component Profiling, J. Biosci. Bioeng., (Accepted for publication)

 

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