2012 松原惇起

博士論文要旨
超臨界流体クロマトグラフィー/質量分析を基盤としたカロテノイドの分析技術の開発
生物資源工学領域 松原惇起

第一章 緒論
高い拡散性と物質溶解性を兼ね備えている超臨界流体(supercritical fluid, SCF)を移動相に用いる超臨界流体クロマトグラフィー(supercritical fluid chromatography, SFC)は,1962年にKlesperらによって最初に報告された.SFCは液体クロマトグラフィー(LC)と比して高い流速においても分離能を保ち,高いスループットで,ガスクロマトグラフィー(GC)では分析できないような熱分解性成分や不揮発性成分を分析することができるという特長を有している.しかしSFCはSCFの物理化学的な特性の解析が遅れたため,GCやLCに比べ応用技術の開発が遅れていた.近年になり,SFCは分取クロマトグラフィーに特化した分離技術として使用されるようになった.移動相として主に用いられる二酸化炭素が常温常圧下で気体であることから分取後に溶媒留去を必要とせず,また分析時間が短く,分離能が高いことから,薬品原料等の光学活性体生産の重要技術になりつつある.しかし,代謝物分析を含む他の用途には積極的に利用されていないのが現状である.
超臨界流体二酸化炭素がヘキサン程度の低極性であることを鑑みるとSFCは高疎水性の化合物の分離に好適であると考えられる.これまでにSFCに代謝物解析に有用な質量分析(MS)を検出法として組み合わせることでリン脂質,スフィンゴ脂質,糖脂質,中性脂質を含み,幅広い極性を有する脂質をターゲットとした迅速一斉分析系を構築した[3].このことはSFCが脂溶性代謝物分析の有望な分離技術であり,SFC/MSが代謝物解析の新たな重要手法となりうることを示唆している.
カロテノイドは幅広い生物種に存在し,さまざまな生理機能の調節に関与することから代謝解析のターゲットとして重要な分子群である.しかし,構造類縁体が多数存在し,微量成分も存在することから分析に高い技術を要する.カロテノイド分析は従来,主に逆相LCを用いて行われてきた.オクタデシル基修飾シリカ(C18)カラムよりもカロテノイドの構造類縁体の分離に優れるトリアコンチル基修飾シリカ(C30)カラムが用いられるが,理論段数が低く,分離に1時間以上を要する.さらに,非極性溶媒を移動相とするため,MSにおける感度が十分でないという問題があった.本研究では,SFC/MSの代謝物解析における適用技術の開発を目的とし,疎水性代謝物の中でもカロテノイドに注目して分析系の構築に取り組んだ.

第二章 超臨界流体クロマトグラフィー/質量分析を用いたカロテノイド分析法の開発
まず,構造異性体を3組含む7種のカロテノイド(lycopene, β-carotene, lutein, zeaxanthin, antheraxanthin, violaxanthin, neoxanthin)の混合物を用い,各種分析条件を検討することでSFC/MSのカロテノイド分析における潜在能力を検証した.SFCは移動相の極性が低いことから,通常順相クロマトグラフィーとして運用される.しかし,シリカなどの順相カラムの適用を試みたところ,カロテノイド類はほとんど保持されず,同時に溶出した.そこで,逆相カラムの適用を試みたところカロテノイドは保持され,モディファイヤーとしてメタノールを添加することで溶出できることが分かった.さらに種々の分析条件を検討したところ,C18カラムで20分以内に十分な分離が得られ,C30カラムを用いたLCによる分離と比較して約2倍の理論段数が得られた.この結果は,疎水性相互作用以外のカラム化合物間相互作用の影響が強く表れるため,SFCがカロテノイドなどの構造類縁体分析に有用であることを示唆している.さらにそれぞれのカロテノイドの検出下限値を求めたところ,約数十fmolであり,従来のLC/MS法に比べて10倍以上感度が高かった.この結果により検出感度の高いエレクトロスプレーイオン化(ESI)法に適した溶媒であるメタノールにより疎水性代謝物を溶出できるSFCが,MSとの接続において有用であることを示した.

第三章 超臨界流体クロマトグラフィー/タンデム質量分析を用いたカロテノイドエポキシド分析系の構築
次に,これまでに明らかにしたSFC/MSの特性を効果的に応用することで,カロテノイド酸化生成物の分析系の構築に取り組んだ.カロテノイドの酸化生成物であるエポキシカロテノイドは酸化ストレスマーカーの候補化合物であるとともに,発がん誘導作用が報告されるなどその生理作用が注目されている.しかし,生体内における主要なカロテノイドであるヒドロキシカロテノイドと分離するのが難しいこと,生体内において微量しか存在しないことから,構造類縁体を分離できるクロマトグラフィーに加え,検出には微量成分の選択的な検出に有用なタンデム型質量分析(MS/MS)が望まれる.しかし,溶媒による制限のため通常LC/MSにおいてカロテノイドのイオン化に用いられる大気圧化学イオン化(APCI)法では,プロダクトイオンスキャンによりカロテノイドの構造特異的なフラグメントを得ることができないため,カロテノイド分析にMS/MSはほとんど適用されてこなかった.そこで,SFC/ESI-MS/MSによる選択的かつ高感度なカロテノイドおよびエポキシカロテノイドの分析系の構築を試みた.まず,MS/MSにおける検出条件を検討した.カロテノイドのエポキシ化反応物の直接導入法によるプロダクトイオンスキャンを行ったところ,全てのカロテノイドに共通して[M-92]+が検出され,加えて[M-80]+がエポキシ体特有のプロダクトイオンとして検出された.これらの構造特異的なプロダクトイオンをターゲットとすることで,選択的にエポキシカロテノイドを検出できることが示された.微量カロテノイドの検出や構造解析にSFC/ESI-MS/MSが有用であることを示した.次に各種分離条件を検討した.C18カラムを用いることで,20分以内にヒト生体内に含まれる主要な5種のカロテノイドを良好に分離可能であり,さらにヒドロキシ体と異性体であるエポキシ体のピークトップが分離可能であることが分かった.さらに,当該分析条件における各々のカロテノイドの検出限界を求めたところ約0.1 fmolと,これまでのLC/APCI-MS/MSによる報告の100倍程度高感度であった.続いて,ヒトの血清試料を用いて構築した分析系の実用性を検証したところ,分析に要したサンプル量はわずか0.1 mlであったが,5種のカロテノイドに加え,6種のエポキシカロテノイドを検出できた.カロテノイド類の高効率の分離が可能なSFCと高選択,高感度の検出が可能なESI-MS/MSを組み合わせることで,微量成分であるカロテノイド酸化生成物を少量の臨床サンプルから選択的に検出できることを示した.

第四章 総括
本研究では選択性や感度,適用範囲など代謝物解析に重要な分析条件について詳細に検討することによりSFC/MSが代謝物解析手法として有用であることを明らかにした.逆相カラムを用いたSFCは構造類縁体を効率良く分離できることを示した.またSFC/MSでは,LC/MSで問題となる移動相とイオン化効率の問題を回避できるため,分離を犠牲にすることなくMSを接続でき,高い感度で検出や構造解析を行なうことができることを示した.本研究で明らかにしたSFC/MSのアドバンテージを効果的に適用することによりこれまで得られなかった代謝物の変動解析を精密にかつ効率的に進めることができることから,今後の代謝研究の新たな展開が期待される.

【本学位論文に関与する報告】
[1] Matsubara, A., Bamba, T., Ishida, H., Fukusaki, E., Hirata, K. (2009). Highly sensitive and accurate profiling of carotenoids by supercritical fluid chromatography coupled with mass spectrometry. Journal of Separation Science, 32, 1459-64

[2] Matsubara, A., Uchikata, T., Shinohara, S., Nishiumi S., Yoshida, M., Fukusaki, E., Bamba, T. Highly sensitive and rapid profiling method for carotenoids and their epoxidized products using supercritical fluid chromatography coupled with electrospray ionization- triple quadrupole mass spectrometry. Journal of Bioscience and Bioengineering, accepted

【関連論文】
[3] Bamba, T., Shimonishi, N., Matsubara, A., Hirata, K., Nakazawa Y., Kobayashi, A., Fukusaki, E. (2008). A high throughput and exhaustive lipid profiling method by supercritical fluid chromatography-mass spectrometry. Journal of Bioscience and Bioengineering, 105, 460-469 

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