2016 光永均

論文内容の要旨

第一章  緒論

Poly(g-glutamic acid)(以下PGA)l-もしくはd-glutamic acidを構成単位とするポリマーである.PGAは保湿性や増粘性など多くの特性を持つため,食品から薬品まで幅広い用途で利用されている.しかしながら,PGAを化学的に合成することは困難とされており,Bacillus属を用いて生産されている.これまでの研究で,培養条件や培地組成の違いによってPGAの生産量や分子量が変化することが明らかになっている.しかしながら,Bacillus属の細胞内代謝は細胞内の代謝物濃度に依存して制御されるカタボライト制御によって調節されていることが知られているが, PGA生産時におけるBacillus属の細胞内代謝制御に関する報告はほとんどない.そのため戦略的にPGAの生産量や分子量を制御することは困難となっている.メタボローム解析は代謝物の網羅的解析手法であり,この技術を,異なる発酵性能を示すPGA生産時のBacillus属に対して用いることで,代謝物情報から細胞内代謝状態を推測できると考えられる.そこで本研究は,メタボローム解析によって推測された代謝状態から,戦略的にPGAの生産量を向上させることと,培養中に起きる分子量の低下を抑制することを試みた.

第二章  PGA生産量の向上に資するBacillus licheniformis ATCC 9945のメタボローム解析

過去の報告で,B. licheniformis ATCC 9945glucoseglycerolをそれぞれ含む培地で培養した場合,PGAの生産量が大きく異なっていた.そこで先行研究と同様に培養した細胞をメタボローム解析へ供し,PGAの生産量の違いに代謝状態を推測することで,PGA生産量向上を試みた.まずglycerolもしくはglucoseを含む培地で培養した場合,glycerol培地においてglucose培地の約2倍のPGAが生産された.そしてメタボローム解析の結果から,本研究で用いた培地では,citrate2-oxoglutarateへ変換されglutamineとともにglutamate synthaseによってPGA生産に必要なglutamateを生成していることが示唆された.PGA生産量の高かったglycerol培地では培養36時間で培地中のcitrateが枯渇しており,そのときglutamine生合成に必要なammoniumの取り込みが停止していた.そこでcitrateammoniumの断続的な添加培養実験を行ったところ,B. licheniformisPGA生産量として過去最高の値を達成することができた.

第三章  分岐鎖アミノ酸による培養中のPGA分子量低下の抑制

Bacillus属によって生産されたPGAは培養時間の経過とともに分子量が低下することが知られている.低分子のPGAを高分子化する技術はこれまでに報告がないため,高分子のPGAを生産するためにはこの分子量の低下を抑制する必要がある.しかしながら,PGAの分子量の制御機構に関しては未解明な点が数多く残されている.そこで本章では,glucose以外のphosphoenolpyruvate sugar phosphotransferase system を介して細胞に処まれる炭素源 (PTS-sugars)であるfructosesorbitolも加えて培養を行い,そのメタボローム解析結果とPGAの分子量推移から戦略を構築し,PGAの分子量低下を抑制させることを試みた.培養の結果,PTS-sugars培地ではglycerol培地よりも高分子のPGAが蓄積していた.そしてメタボローム解析の結果,PTS-sugars培地で培養した細胞ではカタボライト制御タンパク質であるCodYが活性化している可能性が示された.そこで,glycerol培地へCodYの活性化因子である分岐鎖アミノ酸を添加することでPGAの分子量低下を抑制できるのではないかと仮説を立て,培養を行った.その結果,非添加の培地に比べ分岐鎖アミノ酸を添加したすべての培地で生産期においてPGAの低下が抑制され,仮説通りの結果が得られた.

第四章  総括

本研究はPGA生産時のBacillus属をメタボローム解析に供した初めての研究である.メタボローム解析結果に基づき構築された戦略により,目的としていたPGA生産量の向上,及び分子量の低下を抑制を達成することができた.これは,メタボローム解析によって得られる代謝物情報は,Bacillus属の細胞内代謝状態を強く反映しているといえ,細胞内代謝に基づいた戦略構築がさらなるPGAの有用性を高めるためには必要であることを指示しているといえる.本研究によって得られた結果は,メタボローム解析がその戦略構築に非常に強力な情報となりうることを示しており,今後のPGA発酵生産に関する研究を加速させる技術であると考える.
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