2008 原田和生

博士論文要旨

代謝産物プロファイリングに資するキャピラリー電気泳動/質量分析法の開発に関する研究

生物資源工学領域 原田和生

第一章 緒論

近年,生体内代謝産物を網羅的に解析し,代謝の総合的理解や医療診断,品質管理など種々の応用を目指すメタボロミクスが注目されている.メタボロミクスにおいて生体内に含まれる低分子代謝産物を網羅的に同定,定量する代謝産物プロファイリングは最も重要な技術である.

生命活動に必須である基幹代謝の代謝中間体は糖リン酸,有機酸,ヌクレオチド,CoA体といったリン酸基,カルボキシル基を有するアニオン性化合物である.現在,代謝産物プロファイリングの手法として汎用されているGC/MS, LC/MS, NMR等ではこれらの化合物を測定することは困難である.キャピラリー電気泳動/質量分析(capillary electrophoresis/mass spectrometry, CE/MS)はイオン性化合物を誘導体化することなく分析できる極めて優れた分析手法である.そこで本博士論文研究ではアニオン性代謝産物プロファイリングのためのCE/MS分析法の開発を一つ目の課題とした.

また,生体試料に安定同位体基質を取り込ませ,細胞内代謝産物の安定同位体標識率を測定する技術は代謝産物のターンオーバー解析,代謝フラックス解析に有用である.細胞内代謝産物の安定同位体標識率測定もGC/MS, NMRが汎用されているが,精度,感度に限界が存在する.そこで本研究では,CE/MSによる安定同位体標識率測定手法の開発を二番目の課題とし,モデル実験として15N無機塩による標識を行った植物培養細胞中のアミノ酸の安定同位体標識率測定を試みた.

第二章 極性反転と電気浸透流を用いたCE/MSによるアニオン性代謝産物網羅的分析法の開発

アニオン性代謝産物を従来のCE/MS手法により分析する際には,複数種類の分析条件が必須で,特殊なコーティングのキャピラリーを用いるためロット差やコーティングの安定性などの問題が存在した.本章はこれらの問題点を克服し,化合物を網羅的に測定するCE/MSによる分析手法の開発について述べた.本研究で確立した新規分析手法の特徴は未修飾フューズドシリカキャピラリーを用いた点,電気泳動を安定に行うためCEの極性をキャピラリー入口であるバイアル側をアノード,出口であるMS側をカソードとした点,アニオン性代謝産物をカソード側に移動させるためにこれらの電気泳動移動度よりも速い電気浸透流を発生させた点である.この手法により54種類のアニオン性代謝産物の一斉分析が可能となった.

第三章 CE/MSアニオン性代謝産物分析法の生体試料への応用

新手法を用いて生体試料中のアニオン性代謝産物を測定するには,MSの選択性,感度,移動時間の再現性をさらに向上させる必要があった.そのために以下の3点を改良した.一番目はMS検出時のバックグラウンドを除去し,検出感度を向上させるためmultiple reaction monitoring(MRM)法による検出を採用した点,二番目は電気浸透流を高速化,安定化するためにスルホン化キャピラリーを用いた点,三番目は夾雑物を取り除くためのサンプル調製を採用した点である.これらの改良により生体試料中の解糖系,TCA回路,ペントースリン酸経路,シキミ酸経路中間体の分離分析が可能となった.本手法を用い,エリシター処理時におけるニチニチソウ培養細胞に含まれる一次代謝中間体の代謝変動を解析し,シキミ酸経路,およびペントースリン酸経路が活性化されている事が示唆される結果が得られた.

第四章 15N無機塩標識によるアミノ酸ターンオーバー解析法の開発

本研究では,植物培養細胞における代謝産物ターンオーバー解析を志向し,15N標識無機塩を培地に添加し,アミノ酸の15N標識率の経時的変動をモニタリングする手法を検討した.本手法を用いてモデル植物であるシロイヌナズナ培養細胞の光応答を解析し,15N標識率経時変化が従来の知見と幾つかの部分で一致することを確認し,また,新たにシキミ酸経路分岐点が光に応答していることを見出した.さらに,ベンジルイソキノリンアルカロイドを生産するオウレン培養細胞で15N標識無機窒素塩による動的ラベル化を行ったところ、リジンとアルギニンの15N標識速度が非常に遅いことが明らかになり,これらのターンノーバーがオウレン培養細胞でほぼ完全に停止していることが示唆された.

第五章 総括

第2章において,今まで不可能であったアニオン性化合物の一斉分析を可能にする新規CE/MS手法の原理を確立した.第3章で改良を加えた新規CE/MS法により生体試料中のアニオン性代謝産物の定量分析に成功した.第4章では15N標識した生体試料をCE/MS測定することにより含窒素化合物のターンオーバーを解析することに成功した.本研究で確立した手法はメタボロミクス研究において非常に有用なツールになることが期待される.

発表論文リスト

本学位論文に関与する論文

1) Harada, K., Fukusaki, E. and Kobayashi, A.

‘Pressure-assisted capillary electrophoresis mass spectrometry using combination of polarity reversion and electroosmotic flow for metabolomics anion analysis’

J. Biosci. Bioeng., 2006, 101, 403-409.

2) Harada, K., Ohyama, Y., Tabushi, T., Kobayashi, A. and Fukusaki, E

‘Quantitative analysis of anionic metabolites for Catharanthus roseus by capillary electrophoresis using sulfonated capillary coupled with electrospray ionization-tandem mass spectrometry’

Accepted to J. Biosci. Bioeng.

3) Harada, K., Fukusaki, E., Bamba, T., Sato, F. and Kobayashi, A

‘In vivo 15N-enrichment of metabolites in suspension cultured cells and its application to metabolomics’

Biotechnol. Prog., 2006, 22, 1003-1011.

その他の論文

4) Fukusaki, E., Harada, K., Bamba, T. and Kobayashi, A., J. Biosci. Bioeng., 2005, 99, 75-77.

5) Kim, J.K., Harada, K., Bamba, T., Fukusaki, E. and Kobayashi, A., Biosci. Biotechnol. Biochem., 2005, 69, 1331-1340.

6) Kim, J. K., Bamba, T., Harada, K., Fukusaki, E. and Kobayashi, A., J. Exp. Bot., 2007, 58, 415-424.

7) Ute, K., Yoshida, S., Kitayama, T., Bamba, T., Harada, K., Fukusaki, E., Kobayashi, A., Ishizuka, N., Minakuchi, H. and Nakanishi, K., Polymer J., 2006, 38, 1194-1197.

8) Kajiyama, S., Harada, K., Fukusaki, E. and Kobayashi, A. J. Biosci. Bioeng. 2006, 102, 575-578.

9) 福崎英一郎,原田和生,バイオサイエンスとインダストリー, 2007, 65, 8-14 (総説)

出願特許

1) 「CE-MSによる陰イオン性化合物の定量分析法」

2) 届出日 平成17年4月19日

発明者 福崎英一郎,小林昭雄,原田和生