2009 前川真琴

Lotus japonicusにおける根粒菌感染を制御している因子の研究

平成17年,応用生物工学専攻博士後期課程単位取得退学

前川真琴(旧姓:吉川)

【背景および目的】

マメ科植物は、空中窒素固定能を有する土壌細菌である根粒菌との共生により,低窒素貧栄養土壌において生育が可能となる.当該性質は,農業上有利であるばかりでなく,砂漠緑化に資する植相改善等の応用が考えられている.特に砂漠緑化等の極限環境応用のためには,共生関係を安全確実迅速に成立させることが肝要である.そのためには,共生関係成立の原理・機構の解明が必要であるが,現状では,根粒形成の分子機構は未解明である.

近年、マメ科モデル植物を用いた遺伝学的基盤の整備が進み、初期根粒形成シグナル経路ならびに,根粒形成数の制御に関わる因子の単離、同定が進捗した.しかし,感染糸形成に関してはほとんど報告が無い。本研究ではマメ科植物と根粒菌との感染樹立の完全解明の一助として,感染樹立に関わる新規情報の取得を目的とした.まず,これまで常識とされてきたコンセンサスである「根粒形成に係わる因子は,植物と発達とは無関係である」に疑義を持ち,植物の発達に関連し,かつ,根粒形成に必須な因子の探索を実施した.続いて,これまで報告されていなかった根粒菌感染成立に関するジベレリンの影響を精査した.

【根粒菌感染不全変異体brushは根の恒常的な発達にも関与する因子である】

マメ科モデル植物としてミヤコグサ(Lotus japonicus)と,共生可能な根粒菌であるMesorhizobium lotiをそれぞれ用いた.根粒菌との感染樹立に影響を及ぼす因子の中に植物の発達に係わるものがあると仮定し、L. japonicusの変異体ライブラリから根粒形成と根の発達の双方に異常のある変異体を選抜し,brushを同定した。この変異体では皮層細胞や表皮細胞が縦軸方向ではなく横軸方向へ膨張することで根の伸長を阻害していた。また根粒着床数や感染根粒数、感染糸形成数が著しく減少していた。しかし、brush根粒切片を観察したころ,根粒自体の発生と発達には異常は認められなかった.ところがbrush を18℃で生育したところ、根粒着少数、有効根粒数、主根の伸長が野生型とほぼ同等レベルまで回復したため、BRUSHには温度感受性があると思われた。接ぎ木実験の結果で、当該遺伝子の表現型は根に限局しており、地上部には関与していないことが分かった。結論として,植物の発達に関与する因子が根粒菌との感染にも関与している実例を初めて示すことが出来た.

【植物ホルモンのジベレリンは根粒形成を負に制御する】

根粒形成には植物ホルモンが関わっているとされる.これまで,オーキシン,サイトカイニン,アブシジン酸,ジャスモン酸,エチレンについては,生理学実験により多少の知見は得られているが、重要な植物生長ホルモンであるジベレリンに関しては根粒形成にどのように関与するかの知見が殆ど報告されていない。本研究ではジベレリンの根粒形成に及ぼす影響を精査した.合成されるジベレリンのうち、植物内で生理活性があるGA3(以下ジベレリン)を根粒菌感染条件下で,L. japonicus に与えると根粒数及び感染糸の減少が見られた.一方,ジベレリン生合成阻害剤であるウニコナゾールPを与えると根粒及び感染糸の増加が認められた。ジベレリンを与えた状態でNod factor(NF)を添加し根毛の変形を調べたところ、根毛の変形は著しく抑えられたことから、ジベレリンは根粒菌感染初期段階から関与していることが示唆された。また、ジベレリンシグナル系において正の因子であるSLEEPY1の機能獲得型変異遺伝子sly1−dを過剰発現した形質転換体では,根粒の減少のみが観測され,他の異常は観測されなかった.このことからシグナルレベルあるいは外因性のGAレベルが高くなると感染糸形成および根粒形成を阻害することが示唆された。一連の検討により,ジベレリンは根粒形成を負に制御する因子であると結論づけることができた.

【結論】

本研究を通して,マメ科植物と根粒菌の感染成立に関連する,以下の2つの重要知見を得た.(1)根粒菌の感染成立に関与している因子が,実は,根の伸長に関わる因子である.(2)重要な植物生長ホルモンであるジベレリンは根粒菌の感染成立過程において負に働く.当該現象群は,根粒菌感染成立とマメ科植物の基幹生存機構の密接な連携を提示した重要な知見と考えられ,共生成立機構解明の一助となることが期待される.

【本研究に関連する報告】

1. Maekawa T(*), Maekawa-Yoshikawa M(*), Takeda N, Imaizumi-Anraku H, Murooka Y, Hayashi M. Gibberellin controls the nodulation-signaling pathway in Lotus japonicus. Plant J. 2008 Dec 11. [Epub ahead of print] (*):equal contribution.

2. Maekawa-Yoshikawa M, Müller J, Takeda N, Maekawa T, Sato S, Tabata S, Brachmann A, and Parniske M. The temperature sensitive brush mutant of the legume Lotus japonicus reveals a link between root development and nodule infection by rhizobia Plant Physiol. Accepted on 24th Jan, 2009

【関連論文】

1. Saito K, Yoshikawa M, Yano K, Miwa H, Uchida H, Asamizu E, Sato S, Tabata S, Imaizumi-Anraku H, Umehara Y, Kouchi H, Murooka Y, Szczyglowski K, Downie JA, Parniske M, Hayashi M, Kawaguchi M. NUCLEOPORIN85 is required for calcium spiking, fungal and bacterial symbioses, and seed production in Lotus japonicus. Plant Cell. 2007 Feb;19(2):610-24

2. Sandal N, Petersen TR, Murray J, Umehara Y, Karas B, Yano K, Kumagai H, Yoshikawa M, Saito K, Hayashi M, Murakami Y, Wang X, Hakoyama T, Imaizumi-Anraku H, Sato S, Kato T, Chen W, Hossain MS, Shibata S, Wang TL, Yokota K, Larsen K, Kanamori N, Madsen E, Radutoiu S, Madsen LH, Radu TG, Krusell L, Ooki Y, Banba M, Betti M, Rispail N, Skøt L, Tuck E, Perry J, Yoshida S, Vickers K, Pike J, Mulder L, Charpentier M, Müller J, Ohtomo R, Kojima T, Ando S, Marquez AJ, Gresshoff PM, Harada K, Webb J, Hata S, Suganuma N, Kouchi H, Kawasaki S, Tabata S, Hayashi M, Parniske M, Szczyglowski K, Kawaguchi M, Stougaard J. Genetics of symbiosis in Lotus japonicus: recombinant inbred lines, comparative genetic maps, and map position of 35 symbiotic loci Mol Plant Microbe Interact. 2006 Jan;19(1):80-91

3. Imaizumi-Anraku H, Takeda N, Charpentier M, Perry J, Miwa H, Umehara Y, Kouchi H, Murakami Y, Mulder L, Vickers K, Pike J, Downie JA, Wang T, Sato S, Asamizu E, Tabata S, Yoshikawa M, Murooka Y, Wu GJ, Kawaguchi M, Kawasaki S, Parniske M, Hayashi M. Plastid proteins crucial for symbiotic fungal and bacterial entry into plant roots Nature. 2005 Feb 3;433(7025):527-31.

4. Tansengco ML, Imaizumi-Anraku H, Yoshikawa M, Takagi S, Kawaguchi M, Hayashi M, Murooka Y. Pollen development and tube growth are affected in the symbiotic mutant of Lotus japonicus, crinkle. Plant Cell Physiol. 2004 May;45(5):511-20

5. Hayashi M, Miyahara A, Sato S, Kato T, Yoshikawa M, Taketa M, Hayashi M, Pedrosa A, Onda R, Imaizumi-Anraku H, Bachmair A, Sandal N, Stougaard J, Murooka Y, Tabata S, Kawasaki S, Kawaguchi M, Harada K. Construction of a genetic linkage map of the model legume Lotus japonicus using an intraspecific F2 population DNA Res. 2001 Dec 31;8(6):301-10