2017 宮内俊輔

メタボローム解析を用いた品質評価に基づく高品質茶人工栽培技術の開発

論文内容の要旨

第一章 緒論

植物工場など工業的・工学的見地から農業を発展させようという試みが盛んとなるに従い,農産物においても工業製品のような明確な評価指標が必要となっており,特に日本農産物の強みである2次機能すなわち味・美味しさを考慮した品質評価指標を構築することが求められている.また日本型農業の発展や農業の工業化を考えるうえでは,単に品質評価指標を可視化するのみならず,その情報をもとに育種や栽培技術の改善を行うことの有効性を実証する必要がある.本論文では,官能評価の解析による緑茶 (碾茶) の品質評価モデルの構築と,このモデルに基づく高品質な原料茶葉の人工栽培技術の開発を目的とし,アミノ酸を中心とした含有成分と品評会順位の関係の解明,人工光環境による茶葉含有成分の変動,およびこれらの組み合わせによる理想の成分プロファイルを示す茶葉の生産が可能であるか検証した.

第二章 碾茶用原料茶葉の人工栽培技術の開発とアミノ酸プロファイルに基づく品質評価モデルの構築

第二章では,アミノ酸組成から碾茶の品質を評価するモデルの構築と,その知見に基づいたチャの人工栽培基盤技術の開発を目的とした.まず,品評会にて順位づけられた碾茶サンプルを分析し,そのアミノ酸組成から品評会の順位を予測する品質評価モデルを構築した.この寄与成分に関する考察から,アミノ酸の中でもグルタミン,アルギニン,テアニンの含有量が重要であることが明らかとなった.これに基づき,露地栽培での遮光栽培手法を参考に栽培条件を設定し,市販高級茶を凌ぐテアニンを含有する茶葉の生産に成功した.品質予測モデルにて人工栽培茶サンプルの順位予測を行ったところ,きわめて高品質と予測された.これは2次機能の解析から,光環境・栽培環境の最適化を行うアプローチの有効性を示唆するものであると考えた.

第三章 GC/MSを用いた茶の多成分一斉分析・解析による人工栽培茶葉の品質評価

第三章では,アミノ酸以外の幅広い親水性化合物に分析の範囲を広げ,GC/MSを用いた茶の多成分一斉分析・解析を用いた代謝物プロファイリングを行い,栽培時の光環境が茶葉の品質特性にどのような影響を与えるのか,そこから高級茶の人工栽培の可能性を検討した.GC/MSを用いた品評会出品茶の分析結果から42の成分をアノテートし,これらの成分から順位予測モデルを組み立てたところ,順位が高い茶にはグルタミン,グルタミン酸,イノシトール,リン酸が多く,低い茶にはシュウ酸,エピガロカテキンが多く含まれていることがわかった.茶の高品質化を目指すうえでは,①グルタミンを中心にアミノ酸を増加させること,②エピガロカテキンとシュウ酸等の有機酸を低減させることが重要であるとの知見が得られた.続いて,人工栽培環境において栽培時の光環境が茶葉の品質特性にどのような影響を与えるのかを検討した.上述の目標が明確となったため,これらのうち光質によって制御可能と思われる要素に着目し,暗黒下 (可視光がゼロの状態) 栽培とFR光照射によるアミノ酸増加と,UV光照射によるカテキン類の低減を図った.異なる光環境下で栽培を行った茶葉サンプルについて,本章で構築した順位予測モデルで評価した結果,暗黒下条件では予測順位は低下し,FR光照射の有無では順位は変化しなかった.一方UV照射では予測順位が上昇し,高品質な茶葉が生産できていると考えられた.これらの結果により,高品質茶葉生産のための人工光環境の最適化に向けて仮説立案することが可能となり,プロセスの改善に方向性を持たせることが出来た.

第四章 総括と展望

本研究では,官能評価として碾茶品評会の結果を用いて,これを解析した品質評価モデルを構築することに成功し,このモデルにおいて極めて高品質と評価される原料茶葉を生産できる人工栽培技術を開発した.品質評価モデルに寄与する成分プロファイルをもとに,栽培環境やプロセスを探索・最適化していくアプローチは,今後多くの農産物で検討されうるものであり,植物工場のような完全人工環境のみならず,栽培環境を制御する施設園芸全般において活用されることが期待される.