2016 堀遂人

論文題名

超臨界流体クロマトグラフィー/質量分析を用いたパーム油脂中クロロプロパノール脂肪酸エステル類精密プロファイリング技術の開発

論文内容の要旨

【第一章 緒論】クロロプロパノール脂肪酸エステル (CPFAE) とは,3-chloropropane-1,2-diol (3-MCPD), 2-chloropropane-1,3-diol (2-MCPD),1,3-dichloropropanol (1,3-DCP), 2,3-dichloropropanol (2,3-DCP) に脂肪酸がエステル結合した化合物である.2007年,ドイツ連邦リスク評価研究所はパーム油脂を原料にした育児粉乳中に,3-MCPD 脂肪酸エステル及び 2-MCPD 脂肪酸エステルが存在していると報告した.現在 CPFAEs は,パーム油脂の製造工程中において意図せず生成する物質として認知され,CODEX,欧州食品安全機関 (EFSA),農林水産省等世界各国の機関が,CPFAEs の低減法開発及び CPFAEs の分析法開発に関する研究の推進を求めている.以上を踏まえ,本研究ではパーム油脂中に存在する CPFAEs の精密分析に資する新規分析法の開発を試みた.

【第二章 超臨界流体クロマトグラフィー/質量分析を用いた CPFAEs 精密分析系の開発】これまで構築されてきた CPFAEs 分析系では,逆相 LC/MS を用い,固相抽出によりサンプル中の夾雑物の除去を行った後,分析を実施するのが一般的であった.固相抽出を用いない場合,ピーク形状の悪化や検出感度の低下,定量結果の再現性悪化等の影響が生じていた.そこで本章では,固相抽出を必要とせず,希釈溶媒の組成に化合物の保持やピークの形状が影響されない分析系の構築を試みた.分離系には低極性化合物の分離・分析に有用な SFC を,検出計には三連四重極型質量分析系 (QqQ MS) を用い分析系構築を実施した.分離には,化学結合基に C30 の炭素鎖を有したカラムの使用を試みた.検討の結果,脂肪酸分子種が異なる CPFAEs を,ピークの形状が良好にベースライン分離することが出来た.構築した分析系はこれまでに報告された分析計と同等の感度を有しながら,固相抽出操作を必要とせず,かつ定量結果の再現性も良い.以上のことから本章で構築した分析系は,CPFAEs に関する広範な研究に適用出来る,有用な分析系であると言える.

【第三章 油脂中の CPFAEs 分析による構築した分析系の有用性の検証】第二章にて,SFC/MS を用いた CPFAEs 精密分析系の構築を行うことが出来た.そこで第三章では,構築した分析系の有用性を示すために,構築した分析系を用いて CPFAEs 生成に関する新たな知見の取得を試みた.脂質標準品と塩素化合物を油脂の精製工程を再現したサンプル処理に供した結果,Monoacylglycerols (MAG) からは CP 脂肪酸モノエステルが,Diacylglycerols (DAG) からは CP 脂肪酸モノエステルと CP 脂肪酸ジエステルが,そして TAG からは CP 脂肪酸ジエステルが生成することが明らかになった. さらに,搾油直後のパーム原油と塩素化合物を処理すると, CP 脂肪酸ジエステルが主に生成された.この結果から,パーム油脂中に含まれている CPFAEs は,TAG と塩素化合物が反応することで生成することが示唆された.これまでの研究では,CPFAEs の前駆体は MAG や DAG であるとされてきた.これは,油脂中の CPFAEs の挙動を詳細に追うことのできない分析系を用いて検討を行った結果である.本研究で得た知見は,このような誤った解釈を正す一助になると考えられる.

【第四章 総括】本研究では,CPFAEs 精密分析に資する分析系構築をめざし,種々の検討を行った.CPFAEs の精密分析系は,CPFAEs の前駆体や生成機構の解明,代謝挙動の解明といった CPFAEs に関する検討遂行に必要であり,その開発を CODEX,EFSA,農林水産省等各国の機関が推奨している.過去の研究の結果も踏まえ,本研究では逆相 LC よりも疎水性化合物の分離に優れ,かつ幅広い分離モードを有する SFC の適用を試みた.これまでも,複数の研究グループが上記の研究を遂行してきた.ただし,これまでの研究全てにおいて共通するのは,CPFAEs を網羅的に分析できていない点である.得られた結果が限定的であるため,そこから導かれる結論についても限定的であった.本研究にて提唱した分析系は,上記の研究における問題点を解決するものである.CPFAEs を分子種ごとに分析でき,かつサンプルの前処理を行う必要がないので,CPFAEs の前駆体や代謝産物の挙動も同時に評価することが出来る.以上のことを踏まえ,本研究にて構築した CPFAEs 分析系は,CPFAEs に関する広範な研究に適用できる,有用な分析系であると言える.