2012 小林志寿
博士論文要旨
ガスクロマトグラフィー技術を用いたプロファイリングによる生薬の種・産地判別マーカーの実用的評価法の確立
大阪大学大学院 工学研究科 生命先端工学専攻 生物資源工学領域 福崎研究室
小林志寿
第一章 緒論
近年,生薬市場は世界規模で拡大傾向にあるが,適切な品質評価法が困難とされている.その理由の1つとして,公的な生薬の品質評価規定書であるWHOのガイドラインや各国の薬局方において明確な定量成分が規定されていない生薬が存在することがあげられる.少なくとも生薬の消費量が1000億円以上ある日本は世界でも屈指の生薬消費国であり,独自の評価法を確立してきた.特に,生薬消費量の80%以上を中国に依存していることが我が国の生薬評価を困難にしている.品質評価の複雑さは,同じ生薬でも各国で異なる種を薬用としていること,産地の違いによる環境要因が生薬の品質に大きな変動を与えることに由来する.しかし,評価方法が先進的である我が国でさえも市場での生薬評価は官能試験や鏡検試験での評価が一般的であり,より客観的な品質評価が求められている.遺伝的手法での種判別の研究が進められているが,再現性が低いこと,コストがかかること等の問題から市場での実用化には至っていない.以上のことから,種と産地の簡便かつ再現性の高い方法へのニーズが高まっている.
そこで,本研究では生薬の種と産地を同時に判別できる簡便なマーカー探索とその評価を目的とした.その際に,日本薬局方規定内の機器の使用により,迅速に市場への応用ができる方法論を確立することとした.方法には,①現在,第十六改正日本薬局方に記載があり,②豊富なデータベースが存在する,③安価に手に入る成分での評価が可能である,Gas chromatography(GC)技術による一次代謝物分析を用いた.生薬には日本での生産量が多く,中国産の輸入が増えているセンキュウとトウキを対象とした.分析には代謝物プロファイリングのために,GC/mass spectrometry (GC/MS) を用いた.得られたデータに対して多変量解析のOrthogonal projections to latent structures-discriminant analysis (OPLS-DA) のS-plotを用いてバイオマーカーの探索を行った.S-plotにより選抜した成分にはt検定による評価を行った.Box-plotによりマーカーの群間での分離の度合いを示した.さらに見出したマーカーについて市場での汎用機であるGC-flame-ionization detection (GC-FID) による分析を行い,市場へ応用可能な評価法の確立を目指した.
第二章 センキュウのGC/MSプロファイリングによる種と産地の判別マーカー探索
センキュウは日本,中国で古くから婦人病に多く用いられてきた.従来ほとんどが国産のみの使用であったが,近年,日本のセンキュウの自給率は80%程度となっている.現状では産地判別における官能試験での熟練者が不足しており,品質評価法の迅速な確立が求められている.中国の薬用種はLigusticum chuanxiong Hort.(唐川芎),日本の薬用種はCnidium officinale Makino(川芎)であり,両国間で薬用種が異なる.既報のシークエンスを用いた判別は市場での実用法として再現性が不十分であったり,規定書への手法の追加記載が必要となる.また,川芎においては代謝物による産地評価がほとんど行われていない.以上の理由よりセンキュウの種と産地の同時評価を試みた.
GC/MSにより76成分の同定が可能であった.さらに,種と産地,それぞれの要因に従って,プロファイリングデータを用いてOPLS-DAモデルを構築した.OPLS-DAの潜在変数p,p(corr) について,それぞれ|p|>0.2,|p(corr)|>0.5という閾値を用いてマーカーを決定した.種・産地判別で選抜した全てのマーカー成分は,群間の比較においてt検定で有意水準5%での有意差を示した.また,唐川芎と川芎,もしくは川芎の中国産と日本産について,box-plotによりmelezitose,pyroglutamic acidをマーカーをとする群間の分離を確認することができた.さらに,fructose/melezitose, inositol/quinic acidという二成分は,box-plot において一成分よりも信頼性が増す品質評価マーカーとなることが示唆された.本手法を用いれば,センキュウについて種と産地の同時判別を簡便に評価することが可能であった.
第三章 トウキのGC/MSプロファイリングによる種と産地の判別マーカー探索
トウキの根(Angelicae Radix)は日本や中国で定型的な治療が難しい婦人病に伝統的に用いられる生薬の1つである.日本のトウキの自給率は44%と不十分であるため,中国産のトウキが国内に流通している.中国の薬用種はA. sinensis(唐当帰),日本の薬用種はA.acutiloba (大和当帰) と A.acutiloba Kitagawa var. sugiyamae Hikino (北海当帰)であり両国間で薬用種が異なる.市場では種と産地の異なるトウキが流通しており,簡便な評価が求められている.遺伝的解析やターゲット成分による代謝物分析も行われているが,再現性の低さ,結果の解釈の困難さ,同時に種・産地要因が評価されていないなど,本目的における実用的な応用への提案はなされていない.そこで,トウキの種と産地の同時評価を試みた.
GC/MSにより68成分の同定が可能であった.さらに,そのプロファイリングデータを用いてマーカー評価に適した多変量回帰OPLS-DAモデルを,種と産地の要因によるそれぞれの群間で構築した. OPLS-DAモデルより得られた潜在変数p,p(corr) について,それぞれ|p|>0.2,|p(corr)|>0.5という閾値を用いてマーカーを決定した.その種・産地判別マーカーの全ての成分は, t検定における群間比較で有意水準5%の有意差を示した.また,box-plotにおいてsorbitol,glucose/4-aminobutyric acidをマーカーとして,唐当帰とそれ以外の当帰,もしくは大和当帰と北海当帰について,それぞれの群間の判別を確認することができた.このようなマーカーを用いれば,種と産地の同時評価が可能であり,統計的に有意な判別を行うことができた.また,トウキの種判別ではbox-plotにおける群間でのマーカーの十分な分離が示唆された.
第四章 GC-FIDへのトウキの判別マーカーの適用
トウキで見出した種の判別マーカーについてGC-FIDによる分析を行った.GC-FIDの相対強度についても,それぞれのマーカー成分における群間のt検定,box-plotによるグループ間の比較を行った.その結果,GC/MSのデータと同様に,本研究で見出したトウキの種のマーカーがGC-MSより低コスト,かつ高い感度をもつ分析機器GC-FIDでも応用可能であった.
第五章 総括
第二章において,センキュウにおけるt検定で有意差を示すマーカーを探索した,種・産地判別ともにbox-plotで二成分マーカーによる簡便な評価法の確立が可能であった.第三章において,トウキにおけるt検定で有意差を示すマーカーを探索した.種の判別ではbox-plotでマーカーの群間での十分な分離を得ることができ,簡便な評価法の確立が可能であった.第四章にて,GC/MSプロファイリングより選んだトウキの種判別マーカーはGC-FIDへの応用が可能であった.以上より,生薬の品質評価における簡便かつ再現性の高い方法として本方法を示した.
今後,さらに他の生薬への適応や,生薬以外にも食品分野において本研究の産業上での品質評価への貢献が期待できる.
論文リスト 本学位論文に関与する論文
1) Shizu Kobayashi, Saki Nagasawa, Yutaka Yamamoto, Kang Donghyo, Takeshi Bamba, Eiichiro Fukusaki, “Metabolic profiling and identification of the genetic varieties and agricultural origin of Cnidium officinale and Ligusticum chuanxiong”, Journal of Bioscience and Bioengineering, In press
2) Shizu Kobayashi, Sastia Prama Putri, Yutaka Yamamoto, Kang Donghyo, Takeshi Bamba, Eiichiro Fukusaki, “GC-MS based metabolic profiling for the identification of discrimination markers of Angelicae Radix and its application to GC-FID system”, Journal of Bioscience and Bioengineering, Minor revision