2013 内方崇人
博士論文要旨
超臨界流体技術を基盤とした酸化リン脂質分析技術の開発
大阪大学大学院 工学研究科 生命先端工学専攻 生物資源工学領域 福崎研究室
内方崇人
第一章 緒論
酸化リン脂質は,リン脂質の側鎖である多価不飽和脂肪酸エステル中の二重結合部位が酵素的,非酵素的に酸化を受けることで生成する酸化物である.その分子種は,ヒドロペルオキシドが付加した過酸化物やヒドロキシド,エポキシドといった酸素付加物,脂肪酸側鎖の酸化部分が切断されアルデヒド基やカルボキシル基といった修飾基に誘導されるものなど多岐にわたる.これらの酸化リン脂質の中で一部が動脈硬化症の鍵となる化合物である事が報告されたことから,酸化リン脂質が生活習慣病と密接に関係している可能性があり,その解析は重要であると考えられる.
多数の代謝物の量比バランスによって性質の違いを詳細に表現できることがメタボロミクスの最大の利点であることから,メタボロミクスの技術をベースとしたマルチマーカープロファイリングは,見た目には現れない微細な生体内変動の解析,おいしさなどの複雑な成分の組み合わせにより表現される形質の解析などにその威力を発揮する.単一の成分の解析からではなく複数の代謝物の量比のバランスを解析することで,疾患と関連の深い代謝物のプロファイルを見つける.酸化ストレスと関連する代謝物と考えられる酸化リン脂質においても,様々な分子種が存在する疾患マーカーとして応用するためにはそれぞれの化合物量の変動を正確に分析することが重要である.
しかしながら,酸化リン脂質の分離分析手法として用いられている液体クロマトグラフィー/質量分析 (LC/MS) では,構造類縁体の分離や定性分析が十分とはいえない現状がある.その理由として酸化リン脂質は異性体が多く存在し,分離分析が困難となり詳細な解析が難しくなることがあげられる.また,抽出方法に関しても,既存のFolch法やBligh and Dyer法を用いた液液抽出は光や空気を完全に防ぐことができず酸化リン脂質が生成や分解されることが懸念されている.
そこで,抽出や分離技術として用いられる超臨界流体に着目した.超臨界流体とは臨界温度,圧力以上の状態で,拡散性が高い気体と成分を溶解する液体の性質を併せ持つ流体である.また,低粘性,高拡散性,高溶解性という特性から抽出溶媒やクロマトグラフィーの移動相に適した媒体である.本研究では,臨界温度・圧力がその他の化合物より低く,容易に超臨界状態にでき,化学的に安定であるという特徴を持つ超臨界二酸化炭素を用いた.これまでに超臨界流体クロマトグラフィー (SFC) を用いたキラル化合物の分離や疎水性代謝物抽出に超臨界流体抽出 (SFE) が行われてきておりその有用性が示されている.さらに同一の溶媒を用いていることからSFEとSFCをオンラインで接続することができる.オンラインSFE-SFCは暗黒無酸素で抽出することができ,前処理を行うことなく抽出から分離分析まで行う事が可能である.しかし,多成分の分析に適用できていない.
そこで,本研究では,超臨界流体を用いた分析技術を酸化リン脂質分析の抽出や分離に応用することを目的とし,超臨界流体技術を用いて,第二章では既存の技術では分離が困難であった構造類似体の分離分析について分析系の構築と分子種の構造解析を行い,第三章では,オンラインSFE-SFC/MS/MSシステムの構築と酸化リン脂質の抽出分析への応用について検証を行った.
第二章 超臨界流体クロマトグラフィー/質量分析を用いた酸化リン脂質分析系の構築
これまでの酸化リン脂質分析では,LC/MSをベースとした酸化リン脂質の分析系が構築されており,ヒドロキシドやヒドロペルオキシドがエステル結合した酸化リン脂質はそれぞれの酸化修飾基ごとに分析がなされてきているが,エポキシドがエステル結合した酸化リン脂質については分離能が足りず分離や同定ができていない.また,生体中の酸化リン脂質を解析するためには共溶出を防ぎマトリックス効果を回避することが重要であり,そのためにそれぞれの酸化修飾基における分離が必要である.本章では,酸化リン脂質分析に資する分離手法として超臨界流体クロマトグラフィー/質量分析(SFC/MS/MS) を用いた分析系の構築を試みた.
酸化リン脂質の標準品を作成するためにリノール酸やアラキドン酸を側鎖に持つホスファチジルコリン(PC)をラジカル発生剤を用いてインビトロ酸化し,酸化リン脂質標準品とし分析系構築に用いた.次に,酸化リン脂質分析構造特異的な分析を行うためにカラムや移動相の条件検討を行ったところ,2-Ethylpyridineカラムを用いた場合,ヒドロキシド,エポキシド,ヒドロペルオキシドといった修飾基ごとの分離が可能となり,エポキシドについては位置異性体の分離も可能となった.さらにMS/MS分析を行い,プロダクトイオンの情報からそれぞれの酸化リン脂質の構造を推定することができた.この結果より,SFCが酸化リン脂質異性体分析に有用であることを示した.
第三章 酸化リン脂質分析に資するオンライン超臨界流体抽出-超臨界流体クロマトグラフィー/質量分析系の構築
オンラインSFE-SFC分析は,抽出から分離分析の間に光や酸素の触れることがないため抽出操作時に酸化や分解するような化合物の分析に適している.よって酸化によって生成,分解する酸化リン脂質の抽出分析に適していると考えられる.しかし,オンラインSFE-SFCを質量分析に接続した分析系は,発展途上であり,単一の成分の抽出分析でのみ適用されており,複数成分の分析への利用が期待されている.そこで,本章では,酸化リン脂質分析を行うためのオンラインSFE-SFC/MS/MSシステムの構築と検証を目的とした.初めに,オンラインSFE-SFC/MS/MSシステムを検証するため生体中に多く含まれるリン脂質を対象として分析系を構築した.抽出と分析条件を分けるシステムを適用し,抽出条件と分離条件の最適化を行った結果,PC HILICカラムを用いることで,血漿中に含まれるリン脂質を20分以内に前処理なく一斉に分析することが可能な分析系を構築することができた.次にオンラインSFE-SFC/MS/MSを酸化リン脂質分析に適用した所,血漿中の酸化リン脂質を検出することができた.また,抽出方法の比較を行ったところ,SFEの方が液液抽出に比べ抽出効率が高いことや液液抽出では酸化リン脂質が分解している可能性が示唆された.オンラインSFE-SFC/MS/MSシステムが酸化リン脂質を分析に有用であることが示された.
第四章 総括
第二章において,SFC/MS/MSを用いることで酸化修飾基におけるリン脂質分子種の分離が可能となり,MS/MS解析により酸化リン脂質の構造を予測することができた.第三章では,オンラインSFE-SFC/MS/MSシステムを構築し,酸化リン脂質分析に適用することで,酸化リン脂質の分析を精確に行うために有用な技術であることを示した.オンラインSFE-SFCシステムは,抽出操作が不要であることから,生体サンプルから直接抽出から分析まで行うことができ,人工的な酸化を防ぐ事ができた.
本研究で確立した分離手法であるSFCや抽出方法であるSFEが酸化リン脂質分析に有用な技術であり,今後の酸化脂質研究に超臨界流体技術が大きく貢献できる事が期待できる.
論文リスト
本学位論文に関与する論文
1) Uchikata, T., Matsubara, A., Nishiumi, S., Yoshida, M., Fukusaki, E., Bamba, T., “Development of oxidized phosphatidylcholine isomer profiling method using supercritical fluid chromatography/tandem mass spectrometry.” J Chromatogr A. 1250:205-211. ( 2012)
2) Uchikata, T., Matsubara, A., Fukusaki, E., Bamba, T., “High-throughput phospholipid profiling system based on supercritical fluid extraction-supercritical fluid chromatography/mass spectrometry for dried plasma spot analysis.” J Chromatogr A. 1250: 69-75. (2012)