2016 Teo Shao THING

メタボロミクスを用いた株改良法の開発および酵母1-ブタノール耐性への適用

論文内容の要旨

工業用微生物の改良において,従来では主に合理的な手法とランダムな手法が用いられてきた.合理的手法では,表現型に寄与する機構を利用し遺伝子改変ターゲットを合理的に推定することができるが,その機構の解明は複雑である.一方,ランダム手法では,突然変異の誘発や実験室進化において宿主微生物に変異をランダムに起こさせ,数多くの変異体の中から目的表現型が向上した株を単離する,という戦略を取る.しかし,優良な株が得られても,表現型向上に寄与した遺伝子が不明であるため更なる改良は困難である.そこで,本博士論文の第一章では,性能の異なる株の遺伝子や転写産物などを比較し,株間に検出された違いが表現型の違いにつながる,との仮説に基づき遺伝子改変ターゲットを提案する「半合理的な手法」を提案した.なお,株間比較の対象分子である代謝物は遺伝子や転写産物よりも表現型に近い情報を有している.したがって,代謝物定量値の違いが目的表現型の違いに相関関係を示すと期待され,本研究は(1)株改良に有用なメタボロミクスを用いた改変候補遺伝子の探索,および(2)半合理的株改良法におけるメタボロミクスの有用性の証明を研究目的とした.なお,概念実証のために本研究では出芽酵母1-ブタノール耐性の向上を対象とした.

第二章では,種々の酵母変異株の耐性性能測定とGC/MSによるメタボローム解析から,得られた耐性指標値および代謝物の相対定量値をそれぞれ説明変数と応答変数とし,OPLS回帰モデルを構築した.また,OPLSモデルより計算されたVIP値およびPLS Coefficient値より,重要代謝物を特定した.そして重要代謝物と耐性との関連を検証するため,それぞれの重要代謝物の量を調節する遺伝子改変を提案し,新たな耐性株の取得を試みた.その結果,スレオニンが耐性と正相関を示し,クエン酸が・イソクエン酸が耐性と負相関を示す重要代謝物として特定され,また,スレオニンを増やすためのcha1Δとmet2Δ,およびクエン酸・イソクエン酸を減らすためのcit2Δ変異株は,コントロール株his3Δより高い耐性を示した.本研究結果により,以上の代謝物が1-ブタノール耐性の関連代謝物であることが実証され,本手法が有効であることが証明された.

第三章では,OPLS回帰モデルの構築に当たり,種々の微生物サンプルに目的表現型と代謝物との相関パターンが複数存在した場合のモデル性能の低下に対し,相関パターンの一致したサンプルサブセットを客観的に選択するためにRandom Sample Consensus(RANSAC)アルゴリズムを採用し,“RANSAC-PLS”という新規なデータマイニング法を構築した.また,RANSAC-PLSを前章のデータセットに適用したところ,ピログルタミン酸,トレハロース,バリンを含む従来の解析手法では得られなかった新たな重要代謝物を特定することができた.また,それぞれの新規重要代謝物について,新たに提案した遺伝子破壊株oxp1Δ,nth1Δ,bat2Δ株はコントロール株より高い耐性を示した.以上より,本章で構築したRANSAC-PLSの半合理的株改良における有用性が示された.

最後に,第四章では本博士論文研究内容を総括し,今後の展望として,既存の変異株コレクションを基にメタボロームデータライブラリーを構築し,本研究の手法を様々な表現型の向上に適用していくことを提案した.